2008.03/29(Sat)
え?そうなの?
今日、テレビで「脳」の話があっていました
何気なく家族で見ていたのですが
(若年性アルツハイマーについてなどの話もあってましたね)
その中で・・・
脅威の記憶力を持つロシア人のお話がありました
その人はとにかく記憶が永遠に続くという人でした
生まれたときからの記憶があり、それは未来永劫消えることはない。
その記憶力に関する研究がなされていた・・・・のだそうです
共感覚というのがあって、
それは
「人が持つ感覚と記憶が連動しながら物事を記憶する」
というものなのだそうです(かなりうろ覚えなので違っていたらすみません)
そのロシア人も共感覚の持ち主(それもずば抜けた)だったのではないか?
それが脅威の記憶力の原因なのではないか?ということでした(これもうろ覚え)
共感覚は
例えば数字や文字といったものに
色や形、重さ、場合によっては味などを感じながら記憶するのだそうです
その例えがテレビ上であったんですが・・・
それを見ながら
「?え?みんなそうじゃないの?」
と思ったんです。
テレビで説明していたほどではもちろんないけれど
私自身もそれに近い感覚があることに気付きました
(勿論、そんな脅威の記憶力なんてないですよ)
ただ
文字に色がある、質量がある・・・そんな風にずっと認識しているのです
でもどうも普通はちがうみたいなんですね
今日それを始めて知りました
みんなそうだと思ってたんですけど違っているらしい・・・
文字を文字として読んでいないことがあります
何というのか「意味」をページから読んでいるという感じでしょうか
なので、漫画などになるともっと顕著かもしれません
そのせいか、物凄いスピードで読んでいるみたいです
(本人に自覚がなかったんですが、妹から指摘された)
ううむ・・・皆さんはどうなんでしょうか??
ちなみに関係ありませんが
人の周りが少し光って見える・・・のも当たり前だと思ってました
これは小学生の頃に
「どうやら見えてない人が多いらしい」ことに気付きましたが。
いつの間にか(いや実は意識的に)見えなくなりましたけどね
人の感覚って面白いです
自分では当たり前と思っていたことが
他人からみると「へ?」ということだったり。
不思議ですね・・・
ちょっと前だったら
「えーなんでー??」とやたらに気にしていたかもしれないんですが
すこしレベルアップしたので(笑)
「へーそうなの。」と軽く流せましたけどね。
これって、なんかの役に立つのかな?
あ!本屋で立ち読みするときに使えるな(笑)
あと、ネットめぐりするときとか(爆)
もしかして・・・無駄遣い・・・・
いやいやそんなことはないはず!
きっと、いつか
「おおっ!!この時のために!!」という日がやってくるに違いありません!
たぶん。。。。ね
何気なく家族で見ていたのですが
(若年性アルツハイマーについてなどの話もあってましたね)
その中で・・・
脅威の記憶力を持つロシア人のお話がありました
その人はとにかく記憶が永遠に続くという人でした
生まれたときからの記憶があり、それは未来永劫消えることはない。
その記憶力に関する研究がなされていた・・・・のだそうです
共感覚というのがあって、
それは
「人が持つ感覚と記憶が連動しながら物事を記憶する」
というものなのだそうです(かなりうろ覚えなので違っていたらすみません)
そのロシア人も共感覚の持ち主(それもずば抜けた)だったのではないか?
それが脅威の記憶力の原因なのではないか?ということでした(これもうろ覚え)
共感覚は
例えば数字や文字といったものに
色や形、重さ、場合によっては味などを感じながら記憶するのだそうです
その例えがテレビ上であったんですが・・・
それを見ながら
「?え?みんなそうじゃないの?」
と思ったんです。
テレビで説明していたほどではもちろんないけれど
私自身もそれに近い感覚があることに気付きました
(勿論、そんな脅威の記憶力なんてないですよ)
ただ
文字に色がある、質量がある・・・そんな風にずっと認識しているのです
でもどうも普通はちがうみたいなんですね
今日それを始めて知りました
みんなそうだと思ってたんですけど違っているらしい・・・
文字を文字として読んでいないことがあります
何というのか「意味」をページから読んでいるという感じでしょうか
なので、漫画などになるともっと顕著かもしれません
そのせいか、物凄いスピードで読んでいるみたいです
(本人に自覚がなかったんですが、妹から指摘された)
ううむ・・・皆さんはどうなんでしょうか??
ちなみに関係ありませんが
人の周りが少し光って見える・・・のも当たり前だと思ってました
これは小学生の頃に
「どうやら見えてない人が多いらしい」ことに気付きましたが。
いつの間にか(いや実は意識的に)見えなくなりましたけどね
人の感覚って面白いです
自分では当たり前と思っていたことが
他人からみると「へ?」ということだったり。
不思議ですね・・・
ちょっと前だったら
「えーなんでー??」とやたらに気にしていたかもしれないんですが
すこしレベルアップしたので(笑)
「へーそうなの。」と軽く流せましたけどね。
これって、なんかの役に立つのかな?
あ!本屋で立ち読みするときに使えるな(笑)
あと、ネットめぐりするときとか(爆)
もしかして・・・無駄遣い・・・・
いやいやそんなことはないはず!
きっと、いつか
「おおっ!!この時のために!!」という日がやってくるに違いありません!
たぶん。。。。ね
2008.03/25(Tue)
受信機
いよいよ春休み
子ども達が元気に外で遊んでいます
我が家には近所の子ども達が良く遊びにきます
2LDKの狭いアパートですが
玄関先でDSやったりカードゲームしたり
フェンスを乗り越えながらの鬼ごっこをしたり
キャッチボールをしたり
あちこちにスコップで穴掘ったり・・・(なぜか穴掘るの好きですよね)
子どもらしい遊びを日々繰り広げています
小学4年をカシラに下は4歳の子まで
喧嘩したり、泣いたり、泣かされたり、
小さい子をいたわったり、大きな子を尊敬したり
どんなに喧嘩をしても
「また明日ね」といいながら帰宅する
小さな世界がここにあります
本来、人は風と大地と大空のもとで
色んなことを感じながら生きていくのだと
子ども達を見ていると強く感じます
私たちはどんどん頭で思考することを教えられます
あたかも自分の頭で全てのことを生み出しているかのように
けれど
ほんとうは違う
頭は受信する部分で考える部分ではないのだと・・・
子どもは色んなことを語ります
表現します
それは素直に様々なことを感じ、知り、自らの中に入れていきます
風を読み空気を感じ空を見る
「きれいな色の空だね。みんな気持ちいいって言ってる」
もっとナチュラルにありたい
他人の価値観は意味を成さない
自分に向き合い自分を見つめる
頭が思考しようとすることを押しとどめ
ただ流れくる意識を受け止める
そんな風に感じています
子ども達が元気に外で遊んでいます
我が家には近所の子ども達が良く遊びにきます
2LDKの狭いアパートですが
玄関先でDSやったりカードゲームしたり
フェンスを乗り越えながらの鬼ごっこをしたり
キャッチボールをしたり
あちこちにスコップで穴掘ったり・・・(なぜか穴掘るの好きですよね)
子どもらしい遊びを日々繰り広げています
小学4年をカシラに下は4歳の子まで
喧嘩したり、泣いたり、泣かされたり、
小さい子をいたわったり、大きな子を尊敬したり
どんなに喧嘩をしても
「また明日ね」といいながら帰宅する
小さな世界がここにあります
本来、人は風と大地と大空のもとで
色んなことを感じながら生きていくのだと
子ども達を見ていると強く感じます
私たちはどんどん頭で思考することを教えられます
あたかも自分の頭で全てのことを生み出しているかのように
けれど
ほんとうは違う
頭は受信する部分で考える部分ではないのだと・・・
子どもは色んなことを語ります
表現します
それは素直に様々なことを感じ、知り、自らの中に入れていきます
風を読み空気を感じ空を見る
「きれいな色の空だね。みんな気持ちいいって言ってる」
もっとナチュラルにありたい
他人の価値観は意味を成さない
自分に向き合い自分を見つめる
頭が思考しようとすることを押しとどめ
ただ流れくる意識を受け止める
そんな風に感じています
2008.03/23(Sun)
雲の写真
今日は先日話を書いた友達とうちの家族みんなでお出かけです
我が家から車で1時間くらいのところにある
とあるところにいきました
そちらのお宅には猫がおりまして(多分2匹)
そのうちの1匹が私たちが到着するなり
「にゃあ」
とお出迎えしてくれました
猫らしく結構気ままななんですけど
私らが行くと必ずお出迎えしてくれます
帰るときも
玄関先にちょこんときて
「にゃあ」
とお見送りしてくれました
なんか、ちゃんと通じてるって感じでうれしいもんですね
その帰り道のこと
高速道路で移動中に何気に空を見たら
不思議な雲を発見!
携帯しかなかったのでやや画像がいまいちですが・・・

面白い雲でした(もちろん加工なんぞしていませんよ(笑)技術ないしなー)
一日中色んな話をしていました
「仕事を一生懸命する!一生懸命したあとは よし!終わり!!と忘れるといい感じ。」
「起こる出来事に対して『よかった』だの『ダメだった』だの決めちゃイカンよね。
出来事はできごと。事象はただの事象。
良いも悪いも自分が勝手に判断してるだけ。
アタマ使ってるからダメなんだよね。」
なんて、不思議話をしております。
「良い」とか「イケてるよ」とかそういう言葉は
声に出して、いっぱい話した方が良いみたいです
体は温かくなるし笑顔になれる
意識が思考という枠を飛び越えることができる
そんな感じがしています
今日も一日いろんなことできた
明日はどんなこと起きるのかな?
我が家から車で1時間くらいのところにある
とあるところにいきました
そちらのお宅には猫がおりまして(多分2匹)
そのうちの1匹が私たちが到着するなり
「にゃあ」
とお出迎えしてくれました
猫らしく結構気ままななんですけど
私らが行くと必ずお出迎えしてくれます
帰るときも
玄関先にちょこんときて
「にゃあ」
とお見送りしてくれました
なんか、ちゃんと通じてるって感じでうれしいもんですね
その帰り道のこと
高速道路で移動中に何気に空を見たら
不思議な雲を発見!
携帯しかなかったのでやや画像がいまいちですが・・・

面白い雲でした(もちろん加工なんぞしていませんよ(笑)技術ないしなー)
一日中色んな話をしていました
「仕事を一生懸命する!一生懸命したあとは よし!終わり!!と忘れるといい感じ。」
「起こる出来事に対して『よかった』だの『ダメだった』だの決めちゃイカンよね。
出来事はできごと。事象はただの事象。
良いも悪いも自分が勝手に判断してるだけ。
アタマ使ってるからダメなんだよね。」
なんて、不思議話をしております。
「良い」とか「イケてるよ」とかそういう言葉は
声に出して、いっぱい話した方が良いみたいです
体は温かくなるし笑顔になれる
意識が思考という枠を飛び越えることができる
そんな感じがしています
今日も一日いろんなことできた
明日はどんなこと起きるのかな?
2008.03/21(Fri)
古くからの友人
今日は古くからの友人の話を・・・
その友達との付き合いは20年近くなります
学校も違う、住んでいるところも違う
実は年齢も1つ違うのですが
何というのか
「合う」んですね。いろんなことが。
その友人とはあるバイトで知り合いました
とても活気のあるバイト先で、ほんとうに楽しい時間を過ごしました
彼女との初めての出会いは
初めてそのバイトに向かう電車の中だったそうです
(実は私は覚えていないのですが、彼女は私のことを見ていたんだそうで)
それからもう20年近く・・・
彼女とは人生の節目節目で必ず何らかつながりを持つことになりました
1人で悩み苦しんでいたときに突然やってきた彼女
(実は彼女も悩み家出して、私のところにやってきた)
私が結婚するとき
(わがことのように色んなことをしてくれた)
母が病気になったとき
(たびたび見舞いにきてくれた)
そして今
今まさにいろんなことが私にも彼女にも起きています
ずっと連絡も取っていなかった時期があるのに
突然引き合うように連絡が取れる
離れているのに、会っていないのに
興味を持っていることが同じだったり・・・
不思議というより
もはや「あ!やっぱり」(笑)という感じで。
そんな彼女と今日はニアミス
とある大きな会員制スーパーに行ったんですけど
私が帰宅した途端にメールが来ました
「○○に今来てるんだよ」
何と彼女もそのスーパーにほぼ同じ時間にいたんです
実はそのスーパーは私の自宅からも40分くらいかかるし
彼女の家からはもっと遠くて1時間30分くらいかかるんですよ
そして普通はあんまり行かない(うちも年に3回行くか行かないか程度)
しかも
購入している商品がほとんど同じ
今日はニアミスだったのですが
もしもそこで出くわしていたら
「春分の日だからかね」と訳のわかんない話で盛り上がったんでしょうけどね
出会いと別れを繰り返しながら時を迎える
どんな出会いにも意味があるし
どんな別れにも意味があるのでしょう
彼女と今また新しい意味で再度出会っているように感じています
離れていても、心が繋がる
そんな友人がいてくれることへ
心から感謝
そしてこれから出会う心の繋がる友人たちへ
どうぞよろしくお願いします!
その友達との付き合いは20年近くなります
学校も違う、住んでいるところも違う
実は年齢も1つ違うのですが
何というのか
「合う」んですね。いろんなことが。
その友人とはあるバイトで知り合いました
とても活気のあるバイト先で、ほんとうに楽しい時間を過ごしました
彼女との初めての出会いは
初めてそのバイトに向かう電車の中だったそうです
(実は私は覚えていないのですが、彼女は私のことを見ていたんだそうで)
それからもう20年近く・・・
彼女とは人生の節目節目で必ず何らかつながりを持つことになりました
1人で悩み苦しんでいたときに突然やってきた彼女
(実は彼女も悩み家出して、私のところにやってきた)
私が結婚するとき
(わがことのように色んなことをしてくれた)
母が病気になったとき
(たびたび見舞いにきてくれた)
そして今
今まさにいろんなことが私にも彼女にも起きています
ずっと連絡も取っていなかった時期があるのに
突然引き合うように連絡が取れる
離れているのに、会っていないのに
興味を持っていることが同じだったり・・・
不思議というより
もはや「あ!やっぱり」(笑)という感じで。
そんな彼女と今日はニアミス
とある大きな会員制スーパーに行ったんですけど
私が帰宅した途端にメールが来ました
「○○に今来てるんだよ」
何と彼女もそのスーパーにほぼ同じ時間にいたんです
実はそのスーパーは私の自宅からも40分くらいかかるし
彼女の家からはもっと遠くて1時間30分くらいかかるんですよ
そして普通はあんまり行かない(うちも年に3回行くか行かないか程度)
しかも
購入している商品がほとんど同じ
今日はニアミスだったのですが
もしもそこで出くわしていたら
「春分の日だからかね」と訳のわかんない話で盛り上がったんでしょうけどね
出会いと別れを繰り返しながら時を迎える
どんな出会いにも意味があるし
どんな別れにも意味があるのでしょう
彼女と今また新しい意味で再度出会っているように感じています
離れていても、心が繋がる
そんな友人がいてくれることへ
心から感謝
そしてこれから出会う心の繋がる友人たちへ
どうぞよろしくお願いします!
2008.03/19(Wed)
チベット問題
チベットの問題が大きく報道されています
今まで私はあまり詳しいことを知らずにいました
大まかにしかしらなかったのです
どうしてダライ・ラマ法王は亡命しているのか?
チベット自治区について・・・
何故中国は暴動を躍起になって押さえ込むのか・・・
虐殺・投獄・・・・文化の破壊・・・民族の滅亡・・・
今回の暴動をきっかけに今少しずつですが
いろいろ今、知識を得るために勉強しているところです
私が始めてダライ・ラマ法王の話を聞いたのは
地球交響曲(ガイアシンフォニー)という映画の中だったと思います
20代の前半でしたっけ・・・
その時の法王の話された言葉に何故だか凄く泣けたんですよね・・・
映画の中ではチベットの話はあまりなく
(私の記憶に間違いがなければ)
確か地球の環境問題についての話だったような・・・
「地球の未来に私は悲観していませんよ。
だって、地球にはとても賢い人たちがたくさんいる。
今もいろんなことに気付いて、熱心に活動している人が大勢いる。
だから、私は地球の未来には絶望もしないし、悲観もしない。」
・・・こんなことを話していたと私は記憶しています
なぜか、この言葉がたびたび甦ってきます・・・
(これは私の記憶の話なので違っていたらゴメンナサイ)
この話を聞くまで私は未来に対して非常に悲観的でした
でも・・・
そんな風に語る法王のまなざしが優しくもとても強くて。。。
悲観的になることは簡単なことで
未来を信じることのほうがもっともっと大変で困難なんだ
そんな風に感じたのです
未来を生きることの困難さのために人は諦めてしまうのでしょうか
「どうせ・・・」とか「だって・・・」とか「無理だよ」
そんな言葉で諦めることは、簡単なのです きっと
そしてそう思えばそうなってしまうのです
世界の全てが優しさに包まれて
そこに届くメッセージにみんなが気付く!
そんな星に地球はなることができる
ダライ・ラマ法王が信じた未来を私も信じます!
今まで私はあまり詳しいことを知らずにいました
大まかにしかしらなかったのです
どうしてダライ・ラマ法王は亡命しているのか?
チベット自治区について・・・
何故中国は暴動を躍起になって押さえ込むのか・・・
虐殺・投獄・・・・文化の破壊・・・民族の滅亡・・・
今回の暴動をきっかけに今少しずつですが
いろいろ今、知識を得るために勉強しているところです
私が始めてダライ・ラマ法王の話を聞いたのは
地球交響曲(ガイアシンフォニー)という映画の中だったと思います
20代の前半でしたっけ・・・
その時の法王の話された言葉に何故だか凄く泣けたんですよね・・・
映画の中ではチベットの話はあまりなく
(私の記憶に間違いがなければ)
確か地球の環境問題についての話だったような・・・
「地球の未来に私は悲観していませんよ。
だって、地球にはとても賢い人たちがたくさんいる。
今もいろんなことに気付いて、熱心に活動している人が大勢いる。
だから、私は地球の未来には絶望もしないし、悲観もしない。」
・・・こんなことを話していたと私は記憶しています
なぜか、この言葉がたびたび甦ってきます・・・
(これは私の記憶の話なので違っていたらゴメンナサイ)
この話を聞くまで私は未来に対して非常に悲観的でした
でも・・・
そんな風に語る法王のまなざしが優しくもとても強くて。。。
悲観的になることは簡単なことで
未来を信じることのほうがもっともっと大変で困難なんだ
そんな風に感じたのです
未来を生きることの困難さのために人は諦めてしまうのでしょうか
「どうせ・・・」とか「だって・・・」とか「無理だよ」
そんな言葉で諦めることは、簡単なのです きっと
そしてそう思えばそうなってしまうのです
世界の全てが優しさに包まれて
そこに届くメッセージにみんなが気付く!
そんな星に地球はなることができる
ダライ・ラマ法王が信じた未来を私も信じます!
2008.03/18(Tue)
本を読んでみた
おかげさまでぎっくり腰は軽快しました
完全に痛みが取れた!というほどではありませんが
日常生活には何の問題もない程度に回復しました
回復が結構早くてよかったよかった
ありがとう私!
(週末は車椅子移動でしたからね)
痛みを感じることが出来ることは良いことです
体だって、心だってそうです
心を痛めるという表現を使いますが
喜びも悲しみも、苦しさも痛みも
何も感じなくなってしまったら・・・
今を生きることの大切さを
身も心も感性も全て使って
感じなければならないと思います
さて、久しぶりに本屋の新刊コーナーに行きました
子どもが小さいとゆっくり自分の本を選ぶことができません
どうしても欲しい本があるときはネットで注文ばかりしています
便利になりました。本当に。
でも、私は本屋が大好きで
何気なく目に留まった本を買って
「これは面白かった!!」
という経験ができるのがとてもうれしい。
誰かのコメント読んだりせずに
ただ自分の直感だけを信じて本を選ぶ
ある意味スリリングですよねvvv
それは図書館で本を借りるよりも緊張感がありますよ
さて、今回新刊コーナーにいった訳。
それは「夢をかなえる象」を購入するためでした(今売れてますね)
以前どこかのブログで紹介されているのを読み
関西弁のガネーシャが気になっていたことと
今年社会人になる姪になんか面白い本でもないかなー
と思ったことがきっかけでした
感想としては「面白かった」です
関西弁なのが妙に面白くて、内容もシンプルだし
あっという間に読み終えることが出来ました
ガネーシャの課題は
「靴を磨く」「トイレを掃除する」「その日がんばれた自分を誉める」などなど
確かに実行しやすいものばかり。
でも実行するうちに気付くのです。日常の自分の発想の貧困さを。
実行することはまず大事。
でもその実行から気付くことがないなら・・・それはただやっているだけ。
実行の向こうにあることを私は自分の力で気付きたい。見つけたい。
姪っこにこの本をプレゼントするかどうかはまだ不明
もう一回読んでみて決めようかなと思っています
この本の根っこに気付いてくれるといいなと思うんですけどね
最後の課題が「全てに感謝する」というのは素敵でした
世界が全て「ありがとう」に包まれるようにと
ガネーシャは生まれたのかもしれませんね
完全に痛みが取れた!というほどではありませんが
日常生活には何の問題もない程度に回復しました
回復が結構早くてよかったよかった
ありがとう私!
(週末は車椅子移動でしたからね)
痛みを感じることが出来ることは良いことです
体だって、心だってそうです
心を痛めるという表現を使いますが
喜びも悲しみも、苦しさも痛みも
何も感じなくなってしまったら・・・
今を生きることの大切さを
身も心も感性も全て使って
感じなければならないと思います
さて、久しぶりに本屋の新刊コーナーに行きました
子どもが小さいとゆっくり自分の本を選ぶことができません
どうしても欲しい本があるときはネットで注文ばかりしています
便利になりました。本当に。
でも、私は本屋が大好きで
何気なく目に留まった本を買って
「これは面白かった!!」
という経験ができるのがとてもうれしい。
誰かのコメント読んだりせずに
ただ自分の直感だけを信じて本を選ぶ
ある意味スリリングですよねvvv
それは図書館で本を借りるよりも緊張感がありますよ
さて、今回新刊コーナーにいった訳。
それは「夢をかなえる象」を購入するためでした(今売れてますね)
以前どこかのブログで紹介されているのを読み
関西弁のガネーシャが気になっていたことと
今年社会人になる姪になんか面白い本でもないかなー
と思ったことがきっかけでした
感想としては「面白かった」です
関西弁なのが妙に面白くて、内容もシンプルだし
あっという間に読み終えることが出来ました
ガネーシャの課題は
「靴を磨く」「トイレを掃除する」「その日がんばれた自分を誉める」などなど
確かに実行しやすいものばかり。
でも実行するうちに気付くのです。日常の自分の発想の貧困さを。
実行することはまず大事。
でもその実行から気付くことがないなら・・・それはただやっているだけ。
実行の向こうにあることを私は自分の力で気付きたい。見つけたい。
姪っこにこの本をプレゼントするかどうかはまだ不明
もう一回読んでみて決めようかなと思っています
この本の根っこに気付いてくれるといいなと思うんですけどね
最後の課題が「全てに感謝する」というのは素敵でした
世界が全て「ありがとう」に包まれるようにと
ガネーシャは生まれたのかもしれませんね
2008.03/15(Sat)
痛みを伴わないとわからないことだってある
昨夜、ぎっくり腰になりました・・・
とほほ
久しぶりにやったぎっくり腰
独身時代はよくやっていました
営業ではありませんが、車にのって家を訪問する仕事だったので
車から降りる瞬間によく「ぐきっ」となってましたね
昨夜、リビングで眠ってしまった息子を布団に連れて行くために
中腰で抱えた瞬間でした
やばいっ!!!と思ったときは遅かった・・・
動けなくなるほどではありませんが
まっすぐに立つことはできません
うつ伏せにもなれず、柔らかいソファもだめです
あーやられたーって気分でした
今日、午前中にいつもお世話になっているところに行きました
そこは整体等は行いませんが
まあ、調整をしてくれるところですね
すごい先生ですよ(色んな意味で)
先生に診てもらっていると
「腰やったねー」
「はい。。。痛いです」
「まあ、仕方ないね。そういう時もあるよ。」
「そうですか・・・。」
「あのね、痛みを伴わないとわからないこともあるんだよ。
転んでも痛くなければ麻痺といっしょだよ。
痛いからこそ気付くんだよ。
そこから、どうするのか?それを試されているんだよ。」
「つまりは、気付きですか?」
「そう。君は気付いているから、
君自身から『さあどうする?これをどうする?』
と聞かれてるんだよ。」
なんてことを言われました。
今回のぎっくり腰はぎっくり腰にはあらず。
私が私に課した課題のようです。
帰り際に先生に笑顔で言われました
「きっとわかったら痛みはなくなるよ。」
週末でよかった。。。
今週は旦那も特に用事もないし・・・
先週や来週は予定があって動けないなんて言ってられなかった
!!!そうか
今なら大丈夫!というタイミングで振り返りの時間をくれたのか。
やるな!私!!(爆)
というわけで、週末は腰の痛みとお付き合いです
自分の中心掴むまで
しばしの休息ですね。
ホント今週でよかった (^^;)
とほほ
久しぶりにやったぎっくり腰
独身時代はよくやっていました
営業ではありませんが、車にのって家を訪問する仕事だったので
車から降りる瞬間によく「ぐきっ」となってましたね
昨夜、リビングで眠ってしまった息子を布団に連れて行くために
中腰で抱えた瞬間でした
やばいっ!!!と思ったときは遅かった・・・
動けなくなるほどではありませんが
まっすぐに立つことはできません
うつ伏せにもなれず、柔らかいソファもだめです
あーやられたーって気分でした
今日、午前中にいつもお世話になっているところに行きました
そこは整体等は行いませんが
まあ、調整をしてくれるところですね
すごい先生ですよ(色んな意味で)
先生に診てもらっていると
「腰やったねー」
「はい。。。痛いです」
「まあ、仕方ないね。そういう時もあるよ。」
「そうですか・・・。」
「あのね、痛みを伴わないとわからないこともあるんだよ。
転んでも痛くなければ麻痺といっしょだよ。
痛いからこそ気付くんだよ。
そこから、どうするのか?それを試されているんだよ。」
「つまりは、気付きですか?」
「そう。君は気付いているから、
君自身から『さあどうする?これをどうする?』
と聞かれてるんだよ。」
なんてことを言われました。
今回のぎっくり腰はぎっくり腰にはあらず。
私が私に課した課題のようです。
帰り際に先生に笑顔で言われました
「きっとわかったら痛みはなくなるよ。」
週末でよかった。。。
今週は旦那も特に用事もないし・・・
先週や来週は予定があって動けないなんて言ってられなかった
!!!そうか
今なら大丈夫!というタイミングで振り返りの時間をくれたのか。
やるな!私!!(爆)
というわけで、週末は腰の痛みとお付き合いです
自分の中心掴むまで
しばしの休息ですね。
ホント今週でよかった (^^;)
2008.03/14(Fri)
訳もなくいやな事だってある
「子どもの言うことを親はまず受け入れてあげなさい」
よく育児書などで書いてあります
子どもの意見もきちんと尊重することは大切です
けれど大人の気持ちの中に
「とはいっても子どもの意見だし」
「まだまだ子どもだから」
という子どもを認めない部分も多分にあると思います
「子どものことを信じよう」
「子どもの意見をきちんと聞こう」
と私も一応親としてそう思っているつもりです
しかし、結果論ではありますが
「ごめんよー私がちゃんときいてあげなかったばかりに・・・」
ということもしばしばあります。
息子の話です
少しずつ暖かくなってきたので
冬の長ズボンではなくハーフパンツを着替えとして準備しました
普通、洋服とかは無頓着な息子
しかし、その日は違いました
「ズボン、長いのがいい。」
「え?なんで?今日あったかくなるよ?」
「でも長いのがいい。」
「えー下校の時間は暑くなるよきっと。」
「長いのがいいのに・・・」
珍しくごねたのです。
しかし、夫婦二人で口を揃え
「いいの!もうあったかくなったから、ハーフパンツで!」
と半ば強引にそのまま行かせました。
そんな朝のやりとりなんかすっかり忘れていた私。
下校してきた息子をみてびっくり!
膝に大きなガーゼと包帯をしているではありませんか!
「どーしたの?」
「朝、友達と遊んでいてぶつかって転んだ。
深く切って血が止まらなくて、保健室で手当てしてもらった。」
というではありませんか。
そして一言
「だから言ったのに。長ズボンで行くって。」
そうだったのかー!!
ごめんよー!!
母も父も全く気付いてなかったよ・・・
ごめんなさい・・・反省です。。。
子どもの言うことだから・・・きちんとした判断なんか出来っこない
子どもの考えだから・・・きっと適当なんだよ
子どもだから・・・何もわかっていない
そんな風に思い込んでいませんか?
子どもはアタマとハラの違いを感じているように思います
何気なく言った言葉にこそ
真実が見えてくることを知らねばならないでしょう
直感は勘ではなく観だと思うのです
経験にもとずくヤマ勘ではなく
魂が観じたこと(観た)こそ、真の直感でしょう
ちなみに
息子が拒否したのに
親が無理強いしたばかりに怪我を負わせてしてしまったのは
これで2回目です(前回は骨折でした)
・・・私の気付きが全く足りないことを痛感です
ありがとうございます。。。
そして深く反省です
よく育児書などで書いてあります
子どもの意見もきちんと尊重することは大切です
けれど大人の気持ちの中に
「とはいっても子どもの意見だし」
「まだまだ子どもだから」
という子どもを認めない部分も多分にあると思います
「子どものことを信じよう」
「子どもの意見をきちんと聞こう」
と私も一応親としてそう思っているつもりです
しかし、結果論ではありますが
「ごめんよー私がちゃんときいてあげなかったばかりに・・・」
ということもしばしばあります。
息子の話です
少しずつ暖かくなってきたので
冬の長ズボンではなくハーフパンツを着替えとして準備しました
普通、洋服とかは無頓着な息子
しかし、その日は違いました
「ズボン、長いのがいい。」
「え?なんで?今日あったかくなるよ?」
「でも長いのがいい。」
「えー下校の時間は暑くなるよきっと。」
「長いのがいいのに・・・」
珍しくごねたのです。
しかし、夫婦二人で口を揃え
「いいの!もうあったかくなったから、ハーフパンツで!」
と半ば強引にそのまま行かせました。
そんな朝のやりとりなんかすっかり忘れていた私。
下校してきた息子をみてびっくり!
膝に大きなガーゼと包帯をしているではありませんか!
「どーしたの?」
「朝、友達と遊んでいてぶつかって転んだ。
深く切って血が止まらなくて、保健室で手当てしてもらった。」
というではありませんか。
そして一言
「だから言ったのに。長ズボンで行くって。」
そうだったのかー!!
ごめんよー!!
母も父も全く気付いてなかったよ・・・
ごめんなさい・・・反省です。。。
子どもの言うことだから・・・きちんとした判断なんか出来っこない
子どもの考えだから・・・きっと適当なんだよ
子どもだから・・・何もわかっていない
そんな風に思い込んでいませんか?
子どもはアタマとハラの違いを感じているように思います
何気なく言った言葉にこそ
真実が見えてくることを知らねばならないでしょう
直感は勘ではなく観だと思うのです
経験にもとずくヤマ勘ではなく
魂が観じたこと(観た)こそ、真の直感でしょう
ちなみに
息子が拒否したのに
親が無理強いしたばかりに怪我を負わせてしてしまったのは
これで2回目です(前回は骨折でした)
・・・私の気付きが全く足りないことを痛感です
ありがとうございます。。。
そして深く反省です
2008.03/14(Fri)
天使(らしいもの)に助けてもらった
娘(4歳)の話です
彼女は少し不思議な子でして
去年まではそうでもなかったんですが
ちょうど1年前くらいに
「鍵」を開けてもらったらしく
何ともいえない魅力を放ちだしました
昨日の昼ごはんのときの会話です
何気なく私は彼女に夢の話を聞いてみました
私「最近夢をみることある?」
娘「うーん、あるよ。」
私「どんな?」
娘「えーっとね、とっても怖い人たちがお空にやってきてね、
お父さんとお兄ちゃんがその人たちに連れて行かれるの。
そしたら、お父さん達も怖い人になってしまって・・・
とっても哀しくて・・・だから私お願いしたの。」
私「なんて?」
娘「お父さん達を優しい人に戻してくださいって。
そしたら、白くて光る綺麗な人が空からたくさんやってきてね、
お父さん達を連れてきてくれたの。
その人たちが触ったら、お父さん達は今までどおりの優しい人に戻ったの。
うれしくて、ありがとーってお礼をいったんだよ。
お父さんとおにいちゃんのこと大好きだから、ずっと一緒にいたかったの。」」
私「へーそうなんだ。お母さんはどこにいたの?」
娘「私の傍にずっといたよ。
お母さんは怖い人にならなかったよ。一緒にお願いしてた。」
空から光る人たちがやってきたんだそうですよ。
形状をきいたんですが、とにかく白く光っていて綺麗なものだったようです。
羽は生えてなかったようです。(確認したら「ないよ」といっていた)
子どもの想像力豊かな夢かもしれません
でも、そのことを話す彼女の様子は
とても自然でした。
夢だけど夢じゃなかった・・・
サツキちゃんとメイちゃんはそう歌いながら
ドングリの芽を囲んではしゃぎます
「気付き」の鍵を開けてもらった彼女
私は置いてけぼりくわないようにしないといかんのですよ!
旦那と息子は怖いほうに連れて行かれないように
(取り残されないように)
魂磨きして欲しいなあ
彼女は少し不思議な子でして
去年まではそうでもなかったんですが
ちょうど1年前くらいに
「鍵」を開けてもらったらしく
何ともいえない魅力を放ちだしました
昨日の昼ごはんのときの会話です
何気なく私は彼女に夢の話を聞いてみました
私「最近夢をみることある?」
娘「うーん、あるよ。」
私「どんな?」
娘「えーっとね、とっても怖い人たちがお空にやってきてね、
お父さんとお兄ちゃんがその人たちに連れて行かれるの。
そしたら、お父さん達も怖い人になってしまって・・・
とっても哀しくて・・・だから私お願いしたの。」
私「なんて?」
娘「お父さん達を優しい人に戻してくださいって。
そしたら、白くて光る綺麗な人が空からたくさんやってきてね、
お父さん達を連れてきてくれたの。
その人たちが触ったら、お父さん達は今までどおりの優しい人に戻ったの。
うれしくて、ありがとーってお礼をいったんだよ。
お父さんとおにいちゃんのこと大好きだから、ずっと一緒にいたかったの。」」
私「へーそうなんだ。お母さんはどこにいたの?」
娘「私の傍にずっといたよ。
お母さんは怖い人にならなかったよ。一緒にお願いしてた。」
空から光る人たちがやってきたんだそうですよ。
形状をきいたんですが、とにかく白く光っていて綺麗なものだったようです。
羽は生えてなかったようです。(確認したら「ないよ」といっていた)
子どもの想像力豊かな夢かもしれません
でも、そのことを話す彼女の様子は
とても自然でした。
夢だけど夢じゃなかった・・・
サツキちゃんとメイちゃんはそう歌いながら
ドングリの芽を囲んではしゃぎます
「気付き」の鍵を開けてもらった彼女
私は置いてけぼりくわないようにしないといかんのですよ!
旦那と息子は怖いほうに連れて行かれないように
(取り残されないように)
魂磨きして欲しいなあ
2008.03/13(Thu)
内なる声を無視しない!
先日、自損ですが車ぶつけました
めったに行かないスーパーの駐車場で
(そこは駐車スペースが狭いので苦手)
買い物も終わり、帰宅しようとしたときです
・・・右に行ったら?・・・
そう私の中に言葉が湧きました
普段はそこは左に出ます
確かに右に曲がっても帰宅できます
でも・・・右に曲がるとちょっと道が狭い
一瞬迷いました どうしようかな・・・と
結局、私は左にハンドルを切りました
普段どおりに帰宅することを選んだのです
次の瞬間でした
ガリガリガリ!!
何が起こったのか一瞬わかりません
道行く人も振り返ります、それくらい大きな音
ドアミラーをみるとそこには駐車場の鎖をかけるポールがありました
そこに、思いっきりぶつけたのです
「やってもーたー」
車も凹みましたが私も凹みました
せっかく教えてくれたのに、
内なる声を私は無視してしまいました
心を澄ますと、ほんとうの声が聞こえます
ある人から言われました
「よかったじゃない。声聞こえるようになったんでしょ?
荒療治だったかもしれないけれど、これであなたは確信した。
自分の中に全てを知っている自分がちゃんといるということ。
だから、よかったね。」
確かにそうかもしれない・・・
今まで信じていると形だけで思っていたのかもしれませんね
それを「ちゃんとしろ」と教えてくれているのでしょう
気付くこと
気付いたら実行すること
そう痛感しています
行動しなきゃ意味がないのです
でも・・・頭で考えてはいけないのですよ
頭は我の塊
常識という名の鎖に絡め取られていて
ちっちゃな自分だけの世界で物事を判断してしまう
今を生きることの真の意味を自分に問いながら
内なる声を聞き漏らさぬように、心の耳を澄ましましょう
そうすれば万事都合よくいくのですから
めったに行かないスーパーの駐車場で
(そこは駐車スペースが狭いので苦手)
買い物も終わり、帰宅しようとしたときです
・・・右に行ったら?・・・
そう私の中に言葉が湧きました
普段はそこは左に出ます
確かに右に曲がっても帰宅できます
でも・・・右に曲がるとちょっと道が狭い
一瞬迷いました どうしようかな・・・と
結局、私は左にハンドルを切りました
普段どおりに帰宅することを選んだのです
次の瞬間でした
ガリガリガリ!!
何が起こったのか一瞬わかりません
道行く人も振り返ります、それくらい大きな音
ドアミラーをみるとそこには駐車場の鎖をかけるポールがありました
そこに、思いっきりぶつけたのです
「やってもーたー」
車も凹みましたが私も凹みました
せっかく教えてくれたのに、
内なる声を私は無視してしまいました
心を澄ますと、ほんとうの声が聞こえます
ある人から言われました
「よかったじゃない。声聞こえるようになったんでしょ?
荒療治だったかもしれないけれど、これであなたは確信した。
自分の中に全てを知っている自分がちゃんといるということ。
だから、よかったね。」
確かにそうかもしれない・・・
今まで信じていると形だけで思っていたのかもしれませんね
それを「ちゃんとしろ」と教えてくれているのでしょう
気付くこと
気付いたら実行すること
そう痛感しています
行動しなきゃ意味がないのです
でも・・・頭で考えてはいけないのですよ
頭は我の塊
常識という名の鎖に絡め取られていて
ちっちゃな自分だけの世界で物事を判断してしまう
今を生きることの真の意味を自分に問いながら
内なる声を聞き漏らさぬように、心の耳を澄ましましょう
そうすれば万事都合よくいくのですから
2008.03/13(Thu)
今日からスタート
気付いたら、ココまで来ていました
でも気付いてしまったから、風を起こしましょう
1年前、私の気付きは始まりました
はじめは緩やかに・・・けれど確かに確実に
出会いと別れを繰り返しながら
確実に気付きは広がりを見せています
「アセンション」なんて言葉は知っていたけれど
その意味さえも確かめずにいた1年前の私達
気付きと実践と思いを
ただひたすらに伝えていきたいと思っています
もしも、このブログに巡り合ったなら
どうぞよろしく
出会いに最大の感謝を!
そしてこれからに最大のエールを!
でも気付いてしまったから、風を起こしましょう
1年前、私の気付きは始まりました
はじめは緩やかに・・・けれど確かに確実に
出会いと別れを繰り返しながら
確実に気付きは広がりを見せています
「アセンション」なんて言葉は知っていたけれど
その意味さえも確かめずにいた1年前の私達
気付きと実践と思いを
ただひたすらに伝えていきたいと思っています
もしも、このブログに巡り合ったなら
どうぞよろしく
出会いに最大の感謝を!
そしてこれからに最大のエールを!
| BLOGTOP |




